ひとつずつ、少しずつだけど、前に進んでいたいと願っている。
結果というのは、すぐに出るものとそうでないものとがある。
ぶどうなどの果樹がそうだ。
まず木を育てる。
そして実がなる。
それを売ってお金を得る。
最低三年。採算ベースに乗るまで5年かかる。
新たな農場を開園しようとしている。
まず、水田を貸してもらった。
15年ほど前、私を家族のように可愛がってくれた農家がいた。
その爺さんは、一人で集落農業の未来を形にした。
斬新さ、大胆さに惹かれ、私は毎日のようにその家に通い、毎週のように泊めてもらった。
残念なことに、爺様は亡くなり、推進力を失った集落の農業はたちまちに崩壊してしまった。
なんとかしたいとやってみたけど。
俺には出来なかった。
ごめんよ。
その家は四兄妹で、1番下の妹さんとそのパートナーが農業を継承していた。
「もう、ウチは営農組合を辞める。」
そうか。
無理もない。
あれだけ爺様が全勢力を注入してきたのに、ちょっと赤字だからって全て無に返すなんて、私も腹が煮え繰り返ったよ。
「ハウスのネギは続けるけど、もう、あそこの田んぼも休耕する。」
え?
休耕?
そんじゃさ、俺に貸してくれよ。
「いいよ。何植えると?」
それはね・・・
昨年の暮れ、四兄妹集まったところで、ぜひ私にあの田んぼを貸して欲しい、とお願いした。
「今、農業のことは正則夫婦に任しているから、正則たちが良ければ俺たちは構わないよ。」
ありがとうございます。
四人に歓迎してもらえた。
つぎは圃場。
これまで水田だった農地である。
これを畑にするには水捌けが重要だ。
仕事の師匠、砂田さんに相談してみた。
「テッシー、それは周囲に溝を掘って、畝立てたら乾くぞ。俺がトラクターで掘っちゃろ。」
た、頼もしいね、いつもながら。
溝は周囲と畝の間隔に合わせて掘る事にした。
周囲の溝約25センチ、畝溝はちょい浅め。
畑の隅にトラクターの目印を立てた。
測量とかそういう技術は持ち合わせないのでアナログでやってみると、2時間かかった。
準備出来てから砂田さんと現地を確認した。
作業は日曜日。
溝上げ機をトラクターにつける作業のことを話していたら、別の知り合いが、
「そりゃアタッチ付け替えが大変だから、ウチに溝掘機着いたトラクターあるから、それ使え。」
と、これまた有難いことを言ってくれる。
ありがとうございます。
友達って有難い。
溝上げはおよそ半日で終わった。
掘った溝には、すでに田んぼが蓄えた水が滲み出ていた。
よーし‼️乾け‼️
さらに別の友達が、畝を手であげるのは大変だからと、ユンボを貸してくれる。
ありがとう。
ありがとう。
この畑はありがたいの塊だ。
できるぶどうが美味しくないわけがない。
ひとつ、またひとつ、形になっていくのを見ると嬉しくなる。
収穫するのは3年以上先のこと。
まだまだ先のこと。
時間がかかろうが、大変だろうが、人間、イメージが出来れば大概のことはできるようになる。
多くのお客さんがここを訪れ、ぶどうに喜んでいただいている姿。
私には見える。