転勤して3週間あまりが経った。
今度の仕事は、福岡県産農林水産物の輸出だ。
思う存分やっている。
昨日は、木材会社で木材製品の輸出、やったるぞーって盛り上がり、昼飯に立ち寄った巨峰ワインさんとしましまぶどう園のワインよろしくね〜って盛り上がってきた。
農産物を始め、木材、水産、そして酒も業務の対象で、大腕を振って酒造会社に伺っても怒られない。
盛り上がりまくりなのである。
次に訪れたのは、久留米市にある酒造会社、山の壽。
以前お世話になっていた杜氏の方が今はこちらで働いていたので、お邪魔した。
約束の時間より少し早くついたが遅れるよりはいいだろうと事務所のドアを開け名乗ると、若い女性の方が、
「あ、冨安さんすぐ来ますからこちらでお待ちください」
と、応接間に通してくれた。
テーブルには、年代を感じる木彫りの彫刻が施されていた。
その貫禄に見入っていると、部屋に冨安さんが入ってきた。
ご無沙汰をしております。
この方、協和発酵の流れを組む、県内でもトップクラスの酒造技術の持ち主。
公私両面で何度となく支えていただいた。
お互い近況を報告しあったところで、
「社長を紹介しましょうね。社長〜!」
冨安さんの呼びかけに、入って来こられたのは先ほどの女性の方。
さらにスタッフの方とも名刺交換をさせていただいた。
あら。
冨安さん。
どうしてこちらの会社を選んだのか、分かりましたよ。
こんなすてきな方々と一緒に仕事できてね♪
社長と冨安さんと3人で話した。
社長はここで生まれ育ったが、後継者となる予定はなく、ブライダル関係の仕事に就いていたそうだ。
どうして社長になろうと思ったんですか?
「ある、結婚式が終わり、スタッフで打ち上げをすることになったんです。めいめい、つまみを作る係、アルコールの買い出しに行く係など分担して準備が進められていきました。
買い出し係が買ってきた買い物袋には、ビール、酎ハイ、ワイン、日本酒が入っていました。
袋を覗きこんであるスタッフが言ったんです。
「日本酒なんて誰が飲むの⁉️」
その一言を聞き、酒造会社を継ごうと決心しました。」
なるほど。
日本酒とはなんなのか。
先祖がつくり続け、繋いできた酒づくり。
自分がそのなかで育ち、慣れ親しんできたものが、現在では誰も振り向かない存在になってしまっている。
私がやる。
おそらく、その一言はキッカケに過ぎない。
彼女の中には既に酒への思いや、向き合うための資質は備わっていたに違いない。
それは酒造りの技術ではなく、酒造りへの眼差し。
彼女の中でパチンと音を立て、一気にそしてパワフルに稼働を始めた。
ここ何日で環境が変わり、私の心は心地よく揺さぶられていたが、これほど刺さった出来事はない。
社長。
男前。
これは冨安さん、相当いい仕事できますね♪
「それがですね・・・」
社長は冨安さんに新しい酒づくりのミッションを与えた。
それは、ソーヴィニヨン・ブランという品種を使った白ワイン特有の“グレープフルーツ”や“マスカット”を連想させる爽やかな香りを持つ日本酒づくり。さわやかな酸味にライトな味わい、料理に合う日本酒。
そもそも、日本酒では、これらの香りは排除すべき要素であり、冨安さんも社長に止めるよう提言した。
それでも社長の意思を曲げることはできず、製造に至った。
出来上がった酒をテイスティングしてもなお、冨安さんは、
「これはいかんですよ」
と製品化に反対したという。
新たなものに挑戦しようとする社長の意思が、日本酒では御法度とする要素を乗り越え、新しい価値と可能性を生んだのだ。
社長の推進力、冨安さんの技術力、他のスタッフさんもそれぞれの強みが同じベクトル。
恐るべし。
冨安さん、いいご縁でしたね。
そして、私も今日、いいご縁に恵まれた。
帰りに「これ飲んでみて下さい」
と、例のお酒を頂いた。
goodtime with yamanokotobuki
YAMANOKOTOBUKI FREAKS 2
来週、今春就職したばかりの娘が帰ってきた時に、社長のエピソードを話しながら、このお酒を堪能しよう。
娘にぶどうを継がせようなんて考えてはいないが、しっかりと自分の手で人生を作り上げる喜びを伝えてあげよう。
それまで、ちょっとだけ、このお酒はおあずけ。